なぜ私達は流線形を美しいと感じるのか?

美学は元来「よりよく生きる」ことを探求した哲学の一種ですが、現代では企業の差別化戦略としても、その重要性が高まってきています。

なぜなら現存世界のあらゆる事象から「美」を感受する能力こそが、競争社会で勝ち残るための最後の決め手だからです。

まちづくりからプロダクトデザイン、組織デザインまで、そこに日が宿っている企業が強い事例は数えだしたら切りがありません。

人は美を感受したときに、物語を紡ぎ出したくなるものなのです。そして物語とは、私たちの人生に根深く関わっているものなのです。

今回は美学の中でも有名な問いの1つである「なぜ私たちは流線形を美しいと感じるのか」という問いに対して、ドイツの3人の思想家たちがどういう答えを導き出したのか、ご紹介したいと思います。

1. 強制のない自発的で内発的な「自由」の力動

私たち人間は事象の中に自然で自由な動きを感受した時に、美しさを感じるようにできている。そういったのはドイツの思想家であり詩人、歴史学者、劇作家だったフリードリヒ・フォン・シラーでした。

これはどういう意味なのでしょうか。例えば、下の絵を見てみましょう:
私たちはこの曲線に美しさを見出しません。なぜなら、そこには「不自然な飛躍」が存在するからです。何らかの外的な力が強制的に働いているように感じられ、不吉なものを想起させるのです。

対して、流線形にはそのようなものは感じられず、その事象そのものの「自発的で内発的な力動」、つまり自然な動きを見出します。そしてこの動きにこそ、私たちは美しさを見出すのだとシラーは言いました。

2. 自然界には急激な変化は存在しない

シラーの言説が文学的解釈だとすれば、科学的解釈で「流線形の美」の謎に迫ったのがドイツの科学哲学者ゴットフリート・ライプニッツでした。

ライプニッツは自然界に急激な変化は存在しないと言いました。急激な変化は人間的な力によって引き起こされるものであり、自然界にはそのようなものは存在しないと。

仮に自然界にそのような変化があったとしても、それは内発的な力動をもってすべて流れつながるようにして、ただそこにある。つまり、私たちが世界から目を閉じようとも、世界はつねにそこで動き続けているということなのです。

(したがって、私たちが一見自然界の大きな変動ともとれる事象に畏怖するのは、その自然の流れを認識できる力が本質的に欠如しているからとも言えそうです。)

そして、このような自然界のあるがままの変動にこそ、私たちは美を感受するのだとしました。

3. 美を感受する能力は内的成長に応じる

自然界にある無限性の運動に私たちは自由の本質を見出し、そこに美を感受する。そういったのは哲学者フリードリヒ・ヘーゲルでした。

同時にこういった美を感受する能力は、人間の成長に応じて高まるとも言いました。

東洋の高僧が、人生には自分を知り、世間を知り、人生を知るという3段階があると言いましたが、美を感受する能力、つまり自然の本質を感受する力もこういった成長に応じて高まっていくということなのです。

西洋的禅僧

今回ご紹介した3人のドイツの哲学者の考え方は、私たち日本人の精神性に深く宿っている世界観につながるものでもあります。

それはまさしく禅僧の世界観であり、したがって日本の思想と欧州の思想が邂逅したのは運命だったのかもしれません。

日本の世界観はジャポニズムとして欧州に輸入され、さまざまな分野にインパクトをもたらしました。モネをはじめとする印象派は日本美学と邂逅したことで生まれたスタイルです。
現代でも日本の禅の思想を取り入れ、世界に大きなインパクトを残した欧米企業は少なくありません。例えばスティーブ・ジョブズが日本人の禅僧に30年師事したのは有名な話です。

実際Apple製品の細部には流線形の思想が深く息づいています。そんなジョブズの姿は、まさしく西洋的禅僧と言っても差し支えないのではないでしょうか。

私たちは「美しい」と判断する事やものが上位に位置取りする世界に生きているのです。