なぜ私たちは「物語」を必要としているのか?

ヨーロッパの財界人や公人の間では、ギリシャ的世界観に回帰するという流れがあるそうです。ここでいうギリシャ的世界観とは紀元前のギリシャ文明が最盛したときのものです。

彼らが注目しているのは古代ギリシャ哲学の思想体系。ギリシャ哲学とは「よりよく生きる」を追求した思想体系です、が、この思想体系の実現は失敗に終わり、ギリシャ文明は崩壊しました。

失敗した思想体系なのに、どうしていま再び日の目を見るようになったのでしょうか。今回は「物語」という表現法に対して、ギリシャ人がどのように考えていたのかをご紹介していきたいと思います。

「物語」の4つの効用

1.物語は目に見えないものを表現する

絵画などのアート作品は視覚的な美を扱った表現形式です。しかし、私たちはある絵の中に美を見出すとき、目に見える美しさだけを見出すわけではありません。

つまち色や形を超えた先にあるなにか目に見えないものを見ているのです。そしてこの目に見えない美を見出す力こそが物語の力なのです。私たちが一枚の絵画を鑑賞するとき、物語を汲み取っているのです。

例えば、日本では「鬼滅の刃」が大ヒットしました。その物語を通じて、友情や愛という目に見えないものの存在を多くの人が感知し、心の琴線に触れたのです。これが物語の力です。

私たちがもし目に見えないものを感知する能力を持ち合わせていないのだとすれば、恐らく人生はもっと侘びしく無味乾燥なものになるでしょう。

2.物語は準リアルな体験をもたらす

もちろん物語はフィクションでありリアルではありません。しかし単なるフィクションではなく、準リアルな体験をもたらします。それはリアルではないが、同時におとぎ話では終わらない絶妙な距離感をもたらします。

この距離感は「美的距離」と呼ばれ、私たちにさまざまな仮想体験の機会を与えます。この仮想体験は特別な行動や感情を再現し、心に響く体験をもたらすのです。

シンプルにいえば、この美的距離こそが日常の人生を輝かせるのです。

3.快楽としての物語

私たちの住む現実世界は往々にして混沌としているものです。時には悲劇が降りかかることもあります。さらに、私たちはそれがいつ起こるのかを予測することができません。

同時に実際に自分の身に起った悲劇ですら、その感情を処理することに困惑します。物語は、こういった感情の扱い方において大きな役割を果たします。

例えば、悲劇という文学は、憐れみや恐れを通して、そうした種類の感情の浄化(カタルシス)を達成するのです。

悲劇という物語を通して、ある状況を理解し共感するからこそ、登場人物に憐れみと恐れを感じm物語が終わった時にカタルシスという快さを生み出します。

4.聖なる空間としての物語

先ほど物語は美的距離をもたらし、それが快楽をもたらすという話をしました。しかし、この美的距離には別の効用もあります。

実物を見るのは苦痛でも、それをこの上なく正確に模範した物語を見ることを私たちは好みます。

文学の物語が現実ではないという潜在的な意識が、読者と作品の間に心理的な距離を作り出す。ゆえに、現実においては目を背けるような出来事であっても、文学作品の中であれば見ることができます。

文学は私たちが出来事を安全に鑑賞できる「聖なる空間」であり、そこでは現実世界ではありえないような感情体験が可能になるのです。
以上、いかがでしたか?物語の効用を理解することで、能動的に人生に美しい花を添えることが可能になります。

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